私は今、au回線のiPhone 4Sを愛用している。

日本ではソフトバンクが一番最初に取り扱いを始めたiPhoneであるが、それは3Gという第二世代の機種であり、それ以前に、海外では初代iPhoneが熱烈なムーブメントを巻き起こしていたことを知る人は少ない。私はその初代iPhoneを故スティーブ・ジョブズが発表し、プレゼン&デモを行った一部始終をネット越しではあるがリアルタイムでチェックしていた。何故なら私は熱狂的なアップル信者だったからだ。

初代は残念ながら通信方式が異なるために日本での発売は技術的に不可能だった。私は大変残念に思った。私はパソコンという文化で育った。私にとって、メールもウェブもパソコンが標準であるということは疑いようのない事実だったが、日本では後にガラケーと総称される物が全盛を極めていた時代。その状況を苦々しく思っていた時iPhoneが登場したのだ。私にとってまさに救世主であった。

私はその時もうすでに精神障害者としての人生を送っていたので、ガラケーなぞ持っていた所で何の役にも立たなかった。連絡をやりとりするような存在は、母と旧友数人だけだった。引きこもり同然で外出も滅多にしない身の上ではガラケーなぞ無用の長物だ。

日本でソフトバンクから発売された時、私にはケータイショップへ一人で契約しに行けるようなエネルギーはなかった。病状が悪かったからだ。仮に契約に行けたとしても、払うお金がなかった。一文無しだ。親のスネをかじっている身ではとても「iPhoneが欲しいです!」とは言えない。

その後もiPhoneは順調に新製品が発売され、アップルという企業がにわかに注目され始めた。その頃私はデイケアに通っていて、おかげで八方塞がりの状況に微かな解決の兆しが見え始めていた。障害年金ももらい始めた所だ。そんな時何時ものようにアップルのイベント中継を見ていたらなんとauから発売されるという発表があった。それが4Sだった。

私は小躍りして喜び、気が付けばauショップで予約していた。東京郊外の某auショップ、予約第一号は私だ。一体どこにそんなエネルギーがあったのか、今でも不思議だ。ずっと見ているしかなかった夢の世界が、夢の端末が、自分の物になる。その喜びは計り知れない。しかしその喜びもつかの間。スティーブが亡くなったとの報道がネット上を飛び交う。それはデマではなく事実だった。

実際4Sの発表はティム・クックが行なったし、スティーブはイベントには出ていなかった。その後の報道で知ったのだが、イベント発表時、既にスティーブは動ける状態ではなく、自宅から発表を見届けて亡くなったそうだ。スティーブは数少ない私が敬愛する人物の一人。ショックだった。巷では「4S」は「For Steve」という意味なのではないかと囁かれるようになった。

その後めでたく4Sを手に入れてから、ずっとiPhone 4Sを使い続けている。二年縛りが過ぎた後もずっとだ。デザインが気に入っているし、思い入れも強い。手放す気になれない。しかし度重なるOSのアップグレードやバッテリーの問題などが出てきた。

今現在私のiPhoneは月額二千円しかかかっていない。電話する相手もいないし、家族との連絡は無料通話分で収まってしまう。

特筆すべきはパケット代で、これは実にヘンテコな仕組みを利用している。パケット通信の定額料は高いので、ガラケーと同じダブル定額スーパーライトを契約している。これなら三百円で済む。その代わりパケット通信の設定を完全にオフにする必要がある。当然通話以外の一切の通信ができなくなるが、家にはWi-Fiが完備されているのでそれで事足りる。外出先でも駅などではauのWi-Fiスポットが使える。また、簡単なメッセージならSMSが利用できる。これは家で多くの時間を過ごす病人だからこそ使える特殊な方法といえる。

パケット通信をオフにする大きなメリットがもう一つある。それはバッテリーの持ちが大幅に改善することだ。4Sははっきり言ってもう古い機種だ。にもかかわらず現役で使い続けられるのはこの効果による所が大きい。

端末の代金もとっくに支払い終え、今は月二千円で実に快適だ。

とまあ、私のiPhone 4Sへの思い入れを書いたがどうだっただろうか。今の世の中で「本当に使い続けたい」と思わせるようなプロダクトには滅多にお目にかかれない。私にとっては4Sこそが本当に使い続けたいと思わせてくれるプロダクトであり、縁あって私の元に来てくれたのは私にとって最高の出来事だった。

ありがとう。iPhone 4S !!!

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