私はギブソンのメロディメーカーというギターを持っています。それまで安物のギターしか使ったことのなかった私は、ギブソンのギターでちょっとしたカルチャーショックを受けました。今までのギターと違い、思った通りにちゃんと弾けるんですよこれが。『これは本物だ!』と感じました。お陰でギターの腕もかなり上達しましたよ!

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SNSがなかった時代というのがありました。ツイッターもフェイスブックもなく、不特定多数の人とのやりとりは『2ちゃんねる』ぐらいでしかできなかった時代があったのです。多くの人が2ちゃんねるに夢中になっていましたが、その後、個人サイトでも簡単な掲示板が運用できるようになり、ネットの世界は広く深くなっていきました。

SNSのなかった時代に革命的だったことの一つにブログの登場があります。ちょっと想像し辛いとは思いますが、それまではブログシステムそのものがこの世に存在していなかったのです。それはなぜかというと、当時はサーバーの処理能力が低く、ページを動的に生成する事が実用的ではなかったという事情があったからです。なので当時自分で記事を書くにはHTMLを学んでホームページを一から作るしかありませんでした。これは普通の人が簡単に出来る事ではありません。

ブログシステムの登場は、HTMLを知らない人であっても記事を書いて世界中へ公開できるという事で、多くの人たちを魅了しました。自分の記事にコメントが付くといった事も初めての体験だったのです。皆が思い思いの事をブログに書き、ブログ間での交流も活発になっていきました。この文化がSNS登場の基盤となったのです。

日本ではミクシィというサービスがSNSの先駆けでした。人々はそれまでブログに書いていたような事をミクシィの方に書き溜めるようになりました。しかし、ミクシィは少し閉鎖的なシステムで、あしあと機能(自分の記事が誰に読まれたかが分かる)やマイミク(登録した携帯電話番号から現実の知人と繋がる)などの機能を重荷に感じる人も多くいました。そんな中登場したのがツイッターでした。ツイッターは匿名性が高く、フォロワーとの繋がりも緩い。何よりもそのオープンな文化とシステムは多くの人たちが求めていたモノでした。今ではツイッターがネット文化の中心地となっていますが、そこで『FF外から失礼します』『無言フォロー』などの本来のツイッター文化にない概念が日本のみで使われ続けているのは『ミクシィの時代の名残』なのだという事ができるかもしれません。

昔のインターネットを覚えている人ってどれくらいいるのでしょうか。電話回線とモデムでネットに繋いでいた時代があったのですけど、今はもう、それを経験していない世代の方が多数派なのかもしれませんね。

電話回線でネットに繋ぐ事を当時はダイヤルアップ接続と呼んでいました。速度は劇遅で56kbpsしか出ません。これは現在の単位(Mbps)に直すと0.056Mbpsという数字です。いまでは考えられない低速で、当時は画像の読み込みにすら手間取り、1ページを読み込むのに何十秒もかかるというのが当たり前でした。

私も電話回線時代を経験した一人ですが、私の場合はISDN回線を使っていました。これはNTTの通信方式であり、当時の事実上の標準です。ネットには、ほぼ全ての人がISDNを使って接続していました。ISDNの通信速度は64kbps。これも現在の単位に直すと0.064Mbpsと低速です。電話回線でネット接続すると、その間は電話が使えなくなるのが不便でしたね。我が家ではインターネットをしたい私と電話をしたい家族との間で回線の争奪戦が繰り広げられていました。ISDN回線では、モデムにパソコンと電話機の両方を接続できるようにはなっていたものの、同時に通信することはできませんでした。当時のISDNでは2回線分の契約をすれば電話とネットが両方同時に使えるというオプションもありました。通信速度も128kbpsに増速されます。ですが当然料金もまるまる2倍かかってしまうので、それを利用できるのは裕福な家庭のごく一部の人達だけに限られました。しかも、当時のネット料金は従量課金性だったのでめちゃめちゃ高かったんです。支払いが月数万円になることも珍しくなく、私はNTTに対して強烈な怒りを覚えました。

料金に対する問題は根深く、皆は少しでも料金を抑えるためにテレホーダイ(回線が空く深夜だけ使い放題になるプラン)を活用するなどしてしのいでいましたが、この問題はADSLやCATV回線といった定額使い放題のプランが登場するまで続く事となりました。

私は後にCATV回線に乗り換えましたが、これは本当に画期的でした。なんとこの時代には通信速度1Mbpsとか10Mbpsといったプランが当たり前になっていたのです。画像は瞬時に読み込まれるようになり、ページ間の推移も実用的な速度で可能となりました。値段も1万円を切りました。あまりの快適さに、とても感動した事をいまでも覚えています。(しみじみ…)

Blackmagic eGPUという外付けグラフィックボードがあるのですが、私はこれをかなり特殊な用途に使うために購入しました。それは、BOINCに参加するためです。私は現在、以下のような特殊な環境を用いてBOINCに参加しています。

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iMac・Blackmagic eGPU Pro・Amazon Echo

正直なところ、私のiMacはとても非力なマシンです。CPUは2コアしかなく、グラフィックはIntel Iris PlusというCPU内蔵のものです。ですが外付けGPUをThunderbolt 3接続で追加する事により、私のマシンは圧倒的な演算能力を得る事が可能となりました。

Blackmagic eGPUはとても特殊な製品である為、自分のBOINCソフトウェアで正しく認識されるのかには、かなりの不安がありました。しかし結果だけ見れば、特殊な設定は一切必要なく、拍子抜けするほどあっさりBOINCに認識してもらう事ができました。

Blackmagic eGPUを使うことのメリットは、この大きな本体が可能にする完璧な冷却機能にあります。GPUに負荷を掛け続ける場合には熱処理の問題が大きく立ちはだかりますが、Blackmagic eGPUは本体の中が巨大なヒートシンクになっているので冷却機能は十分。これがBOINCの演算をさせるには願ったり叶ったりの構造なのです。

こういったシステムを構築するのは私の長年の夢でした。BOINCにはかれこれ10年以上も参加し続けていましたが、GPUを使って参加するのは意外にも今回が初めての事です。本当に、長年温め続けてきた計画がやっと実ったのです。感慨深い…

スーパーで売ってるお馴染みの『麻婆豆腐の素』ですが、我が家で麻婆豆腐を作る時は『丸美屋の麻婆豆腐の素』を使うのが伝統となっています。ここは必ず『丸美屋』のでなければいけません。これにはちょっとした理由があります。

母が子育てをしていた頃、母は家事と子育ての全てを一人で一手に引き受けていました。昔は、今のように夫と家事を分担するとか、何らかの社会的支援があるとか、そういう時代ではなかったので、母はかなり無理をしながら一人で家事に奮闘していました。そんな折、あるママ友から教えてもらったのが丸美屋の麻婆豆腐の素でした。これで作った事のある人なら分かると思いますが、これ、お豆腐さえあれば本当に簡単に麻婆豆腐が作れてしまうのです。母は赤ちゃんだった私を手作りの離乳食で育てたくらい真面目な人なので、この麻婆豆腐の素を知った時『こんな便利なものがこの世に存在するのか』と、ちょっとしたカルチャーショックを受けたと言っていました。そして母はここから『手抜きをしてもいいんだ』という事を学んだといいます。

それ以来、我が家では数々の手抜き料理や時短料理が開発されてきました。この麻婆豆腐も今だに我が家では定番料理です。そして丸美屋の麻婆豆腐作りは息子である私に受け継がれ、今では私がこれを作ることも増えました。このような経緯から、丸美屋の麻婆豆腐は我が家では特別なものなのです。だから決して他のメーカーの安いやつを買うことはありません。今後も永久にないでしょうね。(ありがとう、丸美屋!)

先日も痛ましい事件(事故)がありました。なんの事件かはあえて伏せますが、その続報を伝えるニュースを見るのが私にはかなり苦痛で、困ってしまいます。

特に問題なのが被害者遺族の涙ながらの会見です。その内容は感情に訴えかけてくる内容でした。会見で語られたのは、家族を失った悲しみや、失われた小さな命の未来の可能性などについてでした。本当に痛ましい事件で、もちろん同情の気持ちも大きくなったのですが、そこまで被害者遺族にスポットを当て、感情的な訴えをニュースで放送する必要があるのでしょうか。本当に申し訳ないのですが、実は感情に訴えかけるニュースというのは、ある種の人にとって有害となる場合があるのです。


HSP(Highly Sensitive Person)

HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)というのは、おおよそ5人に1人が持つと言われる『気質』の事です。センシティブの文字から分かると思いますが、HSPの人はとても敏感なタイプの人なのです。HSPの人は、普通の人がなんとも感じないような事を敏感に感じ取る事が出来てしまうので、この社会では生き辛さを抱えて生きています。私もHSPです。ですので私は、被害者遺族の涙ながらの記者会見に、必要以上に悲しみ、同情の気持ちを強く抱いてしてしまうのです。

High EE(Expressed Emotion:EE)

High EEは『ハイ・イー』と読みます。これは高い感情表出(高EE)という意味で、統合失調症の再発防止を語る上で重要な要素となります。病院から退院するなどして患者が家族の元に戻った時に、家族が高い感情表出レベルで患者と接してしまうと再発率がかなり高くなってしまうという事が知られています。つまり感情的な人間に囲まれていてはまずいという事です。そして、この事はインターネットやメディアに対しても適用されうる事のように思うのです。私も統合失調症です。ですので、私は被害者遺族の涙ながらの記者会見に負担を感じ、かなり強くストレスを感じてしまいます。


ニュースというのは本来『どこどこで何があった』『誰がどうした』というのを淡々と伝えてくれればいいものです。エモーショナルな内容もジャーナリズムという観点では価値があるのかも知れませんが、それが万人に普遍的な利益をもたらすという訳ではないように思います。現に私のような人(HSPや高EEがダメな人)がいる訳ですから、報道のあり方をもう少し考える必要があるのではないかと思います。

とても残念なことに、スナック菓子のカールは2017年から東日本では販売されなくなってしまいました。販売低迷がその理由との事です。子供の頃から慣れ親しんだお菓子が店からなくなってしまい、私はとても残念に思います。

販売低迷の理由ですが、ここで私は持論を述べたいと思います。私は、CMをもっとやってくれていたらこうはならなかったのではないか、と思っています。カールのCMですが、最近はめっきり見る機会がなくなってしまっていたのです。子供向け番組などではやっていたのでしょうが、少なくともそれが大人の目に触れる機会というのは、格段に減っていたように感じます。子供に商品をアピールすることも大事なのですが、お金を出して実際に買うのは大人です。なのでカールは、もっと大人に対してアピールすべきだったと思うのです。(子供のいない一人暮らしの若者であっても、無性に食べたくなる時はあります…)

子供の頃から慣れ親しんだカールを私たちが嫌いになる筈はありません。実際には、みんなちょっとカールのことを忘れていただけなんですよ。あの、カールおじさんのCMを見れば、また食べたくなって買いに行くのです。みんなカールおじさんのことが大好きなんですよ!

カールは明治のお菓子ですが、この考え方は、カルビーのかっぱえびせんなどにも当てはまる話です。『それにつけてもおやつはカール!』や『やめられない止まらない、かっぱえびせん』などのフレーズは、消費者の心に深く根ざしています。だからCMさえ適切に放送すれば、本来は販売低迷などで苦しむことはない筈の商品なのです。昔ながらのお菓子が消えてしまわないよう、お菓子メーカーには頑張ってほしいと思っています。

先日、私はラジオで歌舞伎揚のCMを聞きました。もちろん食べたくなりました。天乃屋はよく分かっているなあと感心したものです…