気持ちというものをむやみに振り回したりしてはいけない

自分の気持ちに振り回されている人が無視できない数いる。そういうツイートをよく見かける。けれども私から言わせれば人の気持ちというのはアテにならない。それはとても不確定で、どうにでも解釈でき、その解釈を本人が後から変更してしまう事すら可能だからだ。だから私は気持ちを重視しない。

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新たな決意(2018年)

劇的な回復

病気が良くなってきた。これは奇跡的なことだ。一昨年に減薬し、その後生活習慣を改善し、昨年は通信制大学にも通って、最近では体力も付いてきた。

そんな充実した日常を送っていたら、いつの間にか陰性症状が無くなっていることに気づいた。これはちょっと驚きだ。陰性症状も陽性症状もないなら、もはや病気ではないではないか。これは寛解なのか、寛解に限りなく近い何かなのか。そんな未だかつてない程の充実した暮らしに、今はささやかな幸せすら感じている。

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深夜、徒歩での大冒険!

2015年4月24日、私は酷いストレスに悩まされていた。世間では皆、焼肉食って合コンやって酒飲んで、楽しく愉快に人生を謳歌しているというのに、私は現状、家で病状をコントロールする事に専念するしかない。病人としての人生は完全に行き詰まっており、自分の人生に対して『満たされない思い』が募り、私のもやもや感は遂に限界に達した。

夜の九時。私は居てもたっても居られなくなり、iPhoneと財布と鍵だけを持ち、着るものも着ないで家を飛び出した。まず上之島神社にお参りをし、神様に「ちょっと修行に行ってきます。」とだけ伝え、怒りに任せて大通り沿いを歩き出した。

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統合失調症の私を支えた偉大な祖父のこと

現在午前五時。今私は真っ暗な公園にいる。私はこれを紅茶花伝とタバコを片手にベンチに座って書いている訳だ。紅茶花伝には大変な思い入れがあり、今は亡き大切な人と過ごした日々などを思い出している

私の闘病生活も長いものだが、かつて私には最強の協力者がいた。その人物は私の母方の祖父で、協力者でもあり、良き理解者でもあった。私は大のおじいちゃんっ子で、子供の頃は一緒に住んでいたこともあるし、我が家が引っ越してからも極近場に住んでいたので大変可愛がってもらった。

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本物のヒトとは老人の事かもしれない

私達は本当に人なのか。実は『ヒトのようでヒトでないモノ』ではないのか。どうにもそう思われる。今までの記憶を探っても、おおよそ人らしい人に出会った記憶が無いことに気付く。世界を埋め尽くす『ヒトのようでヒトでないモノ』を、私は『ヒト=モドキ』と名付けることにする。

まず私を悩ましたのは『女は人であるか』と言う問いだ。安心してほしい。ここで話したいのは男尊女卑などの問題などではない。

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精神障害者が家庭内暴力を克服 その処方箋

今でこそ平和な日常を送っているが、私の病気の初期は地獄であった。ただのひきこもりと化した人生に苛立ち毎日のように荒れて暴れた。なぜ自分ひとりだけが社会から取り残されてしまったのか、絶望と怒り、世の不条理と世間への妬み、そういったものが常に溢れかえり爆発した。

終いには母の一言一句が全て癪に触り、座布団でばすばす叩くようになった。母は包丁で防衛する。弟は隣の部屋でじっと耐えるが、さすがに限界がある。弟も襖をばすばす叩く。怒り狂っている最中の私は我を忘れて「電気ポットの湯を頭からあぶせてやる」と宣言。母は必死で止めた。結局最悪の自体は避けることができた。

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