私はギブソンのメロディメーカーというギターを持っています。それまで安物のギターしか使ったことのなかった私は、ギブソンのギターでちょっとしたカルチャーショックを受けました。今までのギターと違い、思った通りにちゃんと弾けるんですよこれが。『これは本物だ!』と感じました。お陰でギターの腕もかなり上達しましたよ!

foodpic8561321

Blackmagic eGPUという外付けグラフィックボードがあるのですが、私はこれをかなり特殊な用途に使うために購入しました。それは、BOINCに参加するためです。私は現在、以下のような特殊な環境を用いてBOINCに参加しています。

fullsizeoutput_635
iMac・Blackmagic eGPU Pro・Amazon Echo

正直なところ、私のiMacはとても非力なマシンです。CPUは2コアしかなく、グラフィックはIntel Iris PlusというCPU内蔵のものです。ですが外付けGPUをThunderbolt 3接続で追加する事により、私のマシンは圧倒的な演算能力を得る事が可能となりました。

Blackmagic eGPUはとても特殊な製品である為、自分のBOINCソフトウェアで正しく認識されるのかには、かなりの不安がありました。しかし結果だけ見れば、特殊な設定は一切必要なく、拍子抜けするほどあっさりBOINCに認識してもらう事ができました。

Blackmagic eGPUを使うことのメリットは、この大きな本体が可能にする完璧な冷却機能にあります。GPUに負荷を掛け続ける場合には熱処理の問題が大きく立ちはだかりますが、Blackmagic eGPUは本体の中が巨大なヒートシンクになっているので冷却機能は十分。これがBOINCの演算をさせるには願ったり叶ったりの構造なのです。

こういったシステムを構築するのは私の長年の夢でした。BOINCにはかれこれ10年以上も参加し続けていましたが、GPUを使って参加するのは意外にも今回が初めての事です。本当に、長年温め続けてきた計画がやっと実ったのです。感慨深い…

スーパーで売ってるお馴染みの『麻婆豆腐の素』ですが、我が家で麻婆豆腐を作る時は『丸美屋の麻婆豆腐の素』を使うのが伝統となっています。ここは必ず『丸美屋』のでなければいけません。これにはちょっとした理由があります。

母が子育てをしていた頃、母は家事と子育ての全てを一人で一手に引き受けていました。昔は、今のように夫と家事を分担するとか、何らかの社会的支援があるとか、そういう時代ではなかったので、母はかなり無理をしながら一人で家事に奮闘していました。そんな折、あるママ友から教えてもらったのが丸美屋の麻婆豆腐の素でした。これで作った事のある人なら分かると思いますが、これ、お豆腐さえあれば本当に簡単に麻婆豆腐が作れてしまうのです。母は赤ちゃんだった私を手作りの離乳食で育てたくらい真面目な人なので、この麻婆豆腐の素を知った時『こんな便利なものがこの世に存在するのか』と、ちょっとしたカルチャーショックを受けたと言っていました。そして母はここから『手抜きをしてもいいんだ』という事を学んだといいます。

それ以来、我が家では数々の手抜き料理や時短料理が開発されてきました。この麻婆豆腐も今だに我が家では定番料理です。そして丸美屋の麻婆豆腐作りは息子である私に受け継がれ、今では私がこれを作ることも増えました。このような経緯から、丸美屋の麻婆豆腐は我が家では特別なものなのです。だから決して他のメーカーの安いやつを買うことはありません。今後も永久にないでしょうね。(ありがとう、丸美屋!)

先日も痛ましい事件(事故)がありました。なんの事件かはあえて伏せますが、その続報を伝えるニュースを見るのが私にはかなり苦痛で、困ってしまいます。

特に問題なのが被害者遺族の涙ながらの会見です。その内容は感情に訴えかけてくる内容でした。会見で語られたのは、家族を失った悲しみや、失われた小さな命の未来の可能性などについてでした。本当に痛ましい事件で、もちろん同情の気持ちも大きくなったのですが、そこまで被害者遺族にスポットを当て、感情的な訴えをニュースで放送する必要があるのでしょうか。本当に申し訳ないのですが、実は感情に訴えかけるニュースというのは、ある種の人にとって有害となる場合があるのです。


HSP(Highly Sensitive Person)

HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)というのは、おおよそ5人に1人が持つと言われる『気質』の事です。センシティブの文字から分かると思いますが、HSPの人はとても敏感なタイプの人なのです。HSPの人は、普通の人がなんとも感じないような事を敏感に感じ取る事が出来てしまうので、この社会では生き辛さを抱えて生きています。私もHSPです。ですので私は、被害者遺族の涙ながらの記者会見に、必要以上に悲しみ、同情の気持ちを強く抱いてしてしまうのです。

High EE(Expressed Emotion:EE)

High EEは『ハイ・イー』と読みます。これは高い感情表出(高EE)という意味で、統合失調症の再発防止を語る上で重要な要素となります。病院から退院するなどして患者が家族の元に戻った時に、家族が高い感情表出レベルで患者と接してしまうと再発率がかなり高くなってしまうという事が知られています。つまり感情的な人間に囲まれていてはまずいという事です。そして、この事はインターネットやメディアに対しても適用されうる事のように思うのです。私も統合失調症です。ですので、私は被害者遺族の涙ながらの記者会見に負担を感じ、かなり強くストレスを感じてしまいます。


ニュースというのは本来『どこどこで何があった』『誰がどうした』というのを淡々と伝えてくれればいいものです。エモーショナルな内容もジャーナリズムという観点では価値があるのかも知れませんが、それが万人に普遍的な利益をもたらすという訳ではないように思います。現に私のような人(HSPや高EEがダメな人)がいる訳ですから、報道のあり方をもう少し考える必要があるのではないかと思います。

とても残念なことに、スナック菓子のカールは2017年から東日本では販売されなくなってしまいました。販売低迷がその理由との事です。子供の頃から慣れ親しんだお菓子が店からなくなってしまい、私はとても残念に思います。

販売低迷の理由ですが、ここで私は持論を述べたいと思います。私は、CMをもっとやってくれていたらこうはならなかったのではないか、と思っています。カールのCMですが、最近はめっきり見る機会がなくなってしまっていたのです。子供向け番組などではやっていたのでしょうが、少なくともそれが大人の目に触れる機会というのは、格段に減っていたように感じます。子供に商品をアピールすることも大事なのですが、お金を出して実際に買うのは大人です。なのでカールは、もっと大人に対してアピールすべきだったと思うのです。(子供のいない一人暮らしの若者であっても、無性に食べたくなる時はあります…)

子供の頃から慣れ親しんだカールを私たちが嫌いになる筈はありません。実際には、みんなちょっとカールのことを忘れていただけなんですよ。あの、カールおじさんのCMを見れば、また食べたくなって買いに行くのです。みんなカールおじさんのことが大好きなんですよ!

カールは明治のお菓子ですが、この考え方は、カルビーのかっぱえびせんなどにも当てはまる話です。『それにつけてもおやつはカール!』や『やめられない止まらない、かっぱえびせん』などのフレーズは、消費者の心に深く根ざしています。だからCMさえ適切に放送すれば、本来は販売低迷などで苦しむことはない筈の商品なのです。昔ながらのお菓子が消えてしまわないよう、お菓子メーカーには頑張ってほしいと思っています。

先日、私はラジオで歌舞伎揚のCMを聞きました。もちろん食べたくなりました。天乃屋はよく分かっているなあと感心したものです…

全国にはご当地キャラクターというのがたくさん存在するのですが、今回は私が推している大森杏子を紹介したいと思います。

fullsizeoutput_62c

大森杏子というのは宮城県・仙台のご当地キャラクターで、添付の写真を見てもらえばわかると思いますが、金髪ツインテールのかなり可愛い美少女です。ですが、大森杏子には表の設定と裏の設定があり、表では17歳設定となっているものの、本当は1984年の昭和生まれ(アラサー)であるという、かなりぶっ飛んだ設定になっています。マメカラとローラースケートを身に纏い、ツイッターでも昭和ネタを連発するという、特定の年齢層にはどストライクの魅力を持っています。

一言にご当地キャラクターといっても、その形態は様々でして、ゆるキャラのように行政が売り出しているものもあれば、個人で活動しているもの、株式会社として運営されているものもあります。大森杏子は株式会社ディヴァージュが運営していて、数々のクラウドファンディングを成功させるなどして、かなり精力的に活動を続けてきました。声優が付き、短編アニメ化、CD化も達成しました。

私はずっとその活動を追いかけ続けています。クラウドファンディングにも参加しました。このキャラクター性には謎の魅力があるんですよね。これからも応援し続けますよ!

私は将棋初段を将棋ウォーズ経由で取得し、大学の学位も放送大学という通信制大学で取得しました。これは、いわゆる『普通の人』から見たらどれも通常の方法ではないと捉えられる事でしょう。そしてそれは、普通の人からは私の頑張りが正当に評価されないという事でもあります。これはとても残念な事ですが、仕方のない事ですね。私もそれはある程度承知の上で行動しています。

でも、私の様な普通とは違う人をその様な事で見下す人というのは、とても狭い世界で生きている人なのだと思います。

定型発達し、病気にもならず、お金にも困らず、敷かれたレールをなに不自由なく進む事のできる人というのは意外にもそう多くない、というのが現実社会の姿です。世間では多様性やダイバーシティなどの言葉が新しい価値観として広まってきていますが、普通と言われる人達が意外と多くないという、ここの部分を知らずに過ごしている人にとっては、その多様性という概念の真の意味を理解する事は困難を極める作業になろうかと思います。