障害を抱えてどう生きるか – 2014年の方針

前回私の絶望的境地を書いたが、それを踏まえた上で今年をどう生きるか考えなくてはいけない。本来私の置かれた状況は、自ら命を断つに十分すぎる程の威力を持っている。我ながら感心するのは、今もしぶとく生きている事であり、死ぬつもりなど毛頭ないという事だ。なぜなら状況が良くなっているような気がするからだ。

病状は一向に良くならないのだが、人間としてはここ数年、驚異の成長を遂げている。私は一種の悟りを得ているのだと思う。前の医者は同じ所をぐるぐる回っていると言ったが、回っているように見えて、実はこれが螺旋階段だったのではないかと思える。一周回って来ると、一階分上に上がって来ていたような気がする。

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妄想と言う名の狂気だったんだよ

新年早々妙な話になるが、私は情報学者になりたいという夢を諦める決断をするに至った。以前に書いた通り、私の夢はどんな最悪の状況下においても光り輝いていた。しかし精神障害者という身分では夢が叶わない事ははっきりしていた。それでも状況が好転するのを待ち、自分なりの努力はしたが、上手くいかなかった。

芥川龍之介の『羅生門』という作品に以下のような意味の文が書かれている。それは「どうにもならない事をどうにかしようとして、考えが同じ所を何度も低回した」というようなことだ。私の闘病生活の大部分が、まさにこのような状況だった。

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SNSで自分の障害をオープンにすべきか

私がブログなぞをやったところでアクセス数を稼ぐような人気ブログには到底なり得ない。私は俗人受けする軟派な物事にほとんど関心がない。

私は今日、ネットの世界を縦横無尽に動き回れるようになり、IT業界なぞを十年以上ネット越しに眺めて育って来た訳なのだが、インターネットの中で、ただ一つ、全く関係のない世界として傍観するしかなかったモノがある。それがコミュニティの存在だ。

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