障害者の僻みと妬み 酒・車・セックス

今の世に、あまり意味のない三つのものというのがある。それは酒・車・セックスの三つである。これらは、これといってハンデがある訳でないならどんなバカにでも出来る事と言い替えることができる。どんなバカにでも出来るから、世間に広く浸透している。

面白いのは、人々がこの三つの事柄を楽しみだと思っている事だ。時にはこれがステータスになる事もあるし、これらをやらない人は、やる人から見下される理由になる事もある。酷い人はこれらに取り憑かれているのではないかと思えるほど頭の中の大部分をこれらが占領している。

続きを読む 障害者の僻みと妬み 酒・車・セックス

三十歳の誕生日 素直に喜べない焦りの年代

とうとう私も三十代に突入してしまった。病気の症状が出たのが中学一年であったからもうすぐ病歴も十七年になる。地獄みたいな人生だったが、よくまあここまで生き延びたものだ。素直に誕生日を喜ぼう。

三十代といえば世間ではアラサーなどと呼ばれ何かと話題になっているようだが、私には関係のない話だ。精神障害者である私には、結婚という選択肢が始めから与えられていない。誰が好き好んで精神病の人と結婚するだろうか。配偶者が後から精神病になるパターンはあるだろうが、その逆は聞かない。私のところにお嫁に来るなんぞ不幸の研究でもしに来るようなものだ。

だから世間で婚活に勤しんでいる人達などを大変うらやましく思う。

続きを読む 三十歳の誕生日 素直に喜べない焦りの年代

パソコンをやめる そしてiPadへ完全移行

以前の宣言通り、私はパソコンをやめてiPadへ完全移行した。情報学者の夢は無残に敗れ、Web開発もしないならもはやパソコンなんて要らない。iPadで全ての用事が事足りる。

しかし私にとってパソコン、特にMacは人生そのものだった。精神病だと分かる前、夜学の高校に通ったり、また引きこもりとして暮らしていた頃からの付き合いだ。パソコンは私の生活の中心だった。それをやめるのは辛い。

続きを読む パソコンをやめる そしてiPadへ完全移行

本物のヒトとは老人の事かもしれない

私達は本当に人なのか。実は『ヒトのようでヒトでないモノ』ではないのか。どうにもそう思われる。今までの記憶を探っても、おおよそ人らしい人に出会った記憶が無いことに気付く。世界を埋め尽くす『ヒトのようでヒトでないモノ』を、私は『ヒト=モドキ』と名付けることにする。

まず私を悩ましたのは『女は人であるか』と言う問いだ。安心してほしい。ここで話したいのは男尊女卑などの問題などではない。

続きを読む 本物のヒトとは老人の事かもしれない

どういう訳か女性の書いた文章しか読めない

私は本を読むのが大の苦手である。本は苦痛でしかなく面白くも何ともない忌むべき物だった。しかし勉強をするにしても新聞を読むにしても活字は避けて通れない。私はそれがコンプレックスだった。だが私は自分の脳味噌の構造について画期的発見をしたのだ。それは単純明快だった。『女性の書いた文章なら何の苦もなく読める』という発見だ。

ある時私は放送大学のテキストと格闘していた。私は学問を修めることを志していたので、大学卒業は絶対条件だ。なのに大学から送られてくる大量のテキストが、私にとって高いハードルだった。

しかし『日本語からたどる文化』という授業のテキスト(本・印刷教材)を読んでいるうちに今回の妙な発見があった。この科目は大橋理枝教授とダニエル・ロング教授、二人の教授による科目だった。全15章のテキストは、章によって二人が分担で執筆していた。私はロング教授の章はこれまでのように辛かったが、大橋教授の章はいとも簡単に読み進めることが出来るのだ。

続きを読む どういう訳か女性の書いた文章しか読めない

差別を生む脳の仕組み 志気の考察と持論

人が何かを見たとき、それが何であるかを認識すための順序というものがあるようだ。これを仮に識別順序と呼ぶことにする。

人は何十何百の評価を瞬時にこなし、相手が何であるかを判断する。その評価の結果、相手が敵か味方かを判断している。判断のための優先順位が上位であるほど、その要素は重視される。優先順位が下位の項目で良い判断が多く出ても、上位のたったひとつの判断に勝てないこともある。これらの人に内蔵されているプログラムを意識すると、差別の問題に直結していることがよく分かる。以下解説を行う。

続きを読む 差別を生む脳の仕組み 志気の考察と持論

夢をあきらめさせようとする最悪の助言

人の願いというものは非常に強力な力を持っている。人類に与えられた力の中では最も強力なエネルギー源だ。その力は恐らく愛の力よりも強力だ。愛は相手の幸せを願うこととも言える。もし愛情余って憎さ百倍になり、相手の不幸を願うような事になったらどうだろうか。感情としての愛は相手の幸せも不幸も願うことが出来る。つまり本質的には「願う」という部分が重要なのである。願いは言わば様々な感情の「動力源」としての性格を持ち合わせている。

続きを読む 夢をあきらめさせようとする最悪の助言