精神障害者が家庭内暴力を克服 その処方箋

今でこそ平和な日常を送っているが、私の病気の初期は地獄であった。ただのひきこもりと化した人生に苛立ち毎日のように荒れて暴れた。なぜ自分ひとりだけが社会から取り残されてしまったのか、絶望と怒り、世の不条理と世間への妬み、そういったものが常に溢れかえり爆発した。

終いには母の一言一句が全て癪に触り、座布団でばすばす叩くようになった。母は包丁で防衛する。弟は隣の部屋でじっと耐えるが、さすがに限界がある。弟も襖をばすばす叩く。怒り狂っている最中の私は我を忘れて「電気ポットの湯を頭からあぶせてやる」と宣言。母は必死で止めた。結局最悪の自体は避けることができた。

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貧乏神の解説書

貧困の神様というのがいる。世に貧乏神と呼ばれる存在だ。神様というからには何かご利益がありそうなものだが、貧乏の文字からあまりいい印象は受けない、神様の中でもかなり変わった存在である。

この貧乏神は幸せと不幸をやり取りすることを生業としている。片方で幸せを吸い取って、他方で幸せを売る。

貧乏神は家に取り憑く。取り憑いた家は例外なく衰退する。その家は病人ができ、借金ができ、家庭はメチャクチャになる。世間からは「やだねぇ、あの家は。」などと煙たがられるようになる。これは別に貧乏神が不幸を運んでくる訳ではない。貧乏神がその家の幸せな要素をどんどん吸い取った結果、その家に不幸な事しか残らなかったという事だ。

貧乏神は本来、貧乏な人に幸せを売る神であった。それが何故こんな事になってしまったのか。

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引きこもりを弱虫やぐうたらと捉えていた時代

私は統合失調症と診断されるまでの数年間は引きこもりとしての人生を送っていた。なぜ自分が学校へ行けなくなったのか、自分でもよく分からずかなり悩んだ。当時引きこもりは社会問題になっており、様々なテレビ番組で特集されていた。実際は病気であったのだから一刻も早く病院へ行くべきだったと母は悔やんだが、なまじ世間様で引きこもりが流行っていたが為に判断が狂ってしまった。

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互いの優劣をハッキリさせるまで続く揉め事

世の中の人々というものは、突き詰めて考えると「優」か「劣」かの二択でしかモノを考えることが出来ないらしい。実に不憫なものである。その様はある種の強迫観念の様相を呈しており、他人を劣だとして見下し、自分を優であると頑なに盲信する。学歴や収入、クルマ選び、恋愛、その他様々なことに対して自らが優でいられる根拠や情報を渇望するその様は、私から見れば異常であるとしか言いようがない。

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士農工商理論 文化人編

士族・農民・職人・商人、この四つについては基礎編で述べた通りだが、ここに文化人を追加し、この五つをもってして初めて士農工商理論は完成する。基礎の四気質に人々を分類した場合、僅かだがどうしてもそれに漏れる異質な人が出てくる。その人々をまとめて文化人という括りに入れる。

文化人は元々四気質のうちのどれかであった。それがそれぞれの道を歩むうちにレベルアップし、四気質の範囲を飛び出し、縦横無尽に世間を渡っていけるようになる場合がある。それが文化人である。これは人間性の進化と言ってもいい。文化人は四気質を横断する思考が出来、様々な人々に影響を与えるような強烈な気質と定義すべきだろう。

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士農工商理論 基礎編

人間にはそれぞれ気質というものがある。それを分類し指針にするための私の基準を士農工商理論と呼ぶ。人には、大きく分けて士族・農民・職人・商人・文化人という属性がある。文化人は取り扱いが難しいので、ここでは士農工商の四つを基本として考えるべし。

士族。それは戦い、争うことに特化している。現在では政治家が代表格だが、多くは他の職業でも主に争うことを担当している。面白いのは私の指針で考えると暴力団も士族に分類されることだ。彼らは問題を解決しようなどとは思わない。自身が争いの場に居る事、今後も居続ける事、そして争い続けられることを第一に考える。

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障害を抱えてどう生きるか – 2014年の方針

前回私の絶望的境地を書いたが、それを踏まえた上で今年をどう生きるか考えなくてはいけない。本来私の置かれた状況は、自ら命を断つに十分すぎる程の威力を持っている。我ながら感心するのは、今もしぶとく生きている事であり、死ぬつもりなど毛頭ないという事だ。なぜなら状況が良くなっているような気がするからだ。

病状は一向に良くならないのだが、人間としてはここ数年、驚異の成長を遂げている。私は一種の悟りを得ているのだと思う。前の医者は同じ所をぐるぐる回っていると言ったが、回っているように見えて、実はこれが螺旋階段だったのではないかと思える。一周回って来ると、一階分上に上がって来ていたような気がする。

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