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奇跡のような処方

今、私への処方は…

エビリファイ 12mg

たった1錠となっている。正確にはエビリファイのジェネリックである『アリピプラゾール』の錠剤である。

これを夜に1錠飲んで寝るだけで、あとはもう何も必要がない。寝て起きたら、普通に朝のルーティーンをこなし、日中も普通に日常の暮らしを送るだけなのだ。もはや服薬が負担になるような事はないし、多剤処方から来る副作用のオンパレードと格闘する必要もない。

驚いたことに、この薬のおかげで20年近く飲み続けた眠剤のマイスリーが必要なくなった。ネット上を検索するとマイスリーの断薬に関する質問や経験談が散見されるが、実際に止めれたという報告は殆どない。だから私の今回の記述は、かなり珍しい報告例となることだろう。

アリピプラゾールの効き方がかなり特殊だということは、実際に飲んでいる当事者としてかなりはっきり自覚できる。

この第三世代抗精神病薬は、これまでの第二世代抗精神病薬の効き方とは明らかに違う。アリピプラゾールはこれまでの薬のように無理に患者を鎮静作用で押さえつけようとはしない。最適な維持量さえ探り出せれば、かなりナチュラルな状態を維持できるような気がする。頑張りたい時にちゃんと頑張ることが出来るようになってくるし、それは患者本人にかなりの自由裁量を与えてくれるという意味で、これまであったどのような抗精神病薬とも違う。

その代わり、不調が現れたときなどの対処は、患者自身でおこなわなければならなくなる。この薬は過鎮静で押さえつけてこない分、患者自身の何らかのライフイベントをきっかけとして起こる、新たな症状や不調を前もって阻止できない。でもその分、症状が出た後で、本人がそれらの不調にしっかり自分で立ち向かえるだけの力は与えてくれている。そんな芸当ができるのは、無理な鎮静作用で押さえつけないこの薬ならではの効果なのだろうと思う。

アリピプラゾールは精神障害者特有の『脳の活性と鎮静のバランス』という問題を見事に解決していると思う。なぜ私がそう思ったのかと言えば、先の眠剤が不要になった話と合わせて以下のような変化があったからだ。

一つはタバコを吸う必要がなくなったということ。思い返せば、私は実感として、タバコの持つ活性作用にすがりつく形で喫煙を続けていたように思う。それは当時服薬していたリスパダールの鎮静作用があまりにも強すぎたためだ。その過度な鎮静作用とのバランスをとるために、脳を活性化させる物質を無意識のうちに求めていたのだと思う。

だが、アリピプラゾールのおかげで、それはもはや必要なくなった。今現在も私は禁煙を続けており、その期間は既に余裕で400日を超えている。

そして、同じような話がもう一つ。

私は大のコーヒー好きだったのだが、今ではパッタリとコーヒーを飲まなくなってしまった。これも先述の原理と同じだ。コーヒーのカフェインには脳を活性化させる機能があるが、それがもはや不要になった、という事なのだろう。

このように、リスパダールの過度な鎮静作用から開放されたおかげで、私の日常は大きく変化した。眠剤はなくなり、禁煙に成功し、コーヒーも飲まなくなった。これらは皆、依存性のある物質であった訳なのだが、脳機能が正常化することによって、特別な離脱症状などもなく、それらの依存行動から私は開放されることになった。これは驚くべきことだ。

ただ、過度な鎮静作用がなくなって、私は私の周りを覆っていた外界と自分を隔てるバリアがなくなっていることに気がついた。例えるなら今までの自分は霧中に居たようなもので、霧が晴れれば周りの景色がはっきり分かるようになる。その代わり、外界からの刺激をモロに受けることとなるので、ストレスも軽減されることなくストレートに自分の元へ突き刺さってくる。だからこの状態はある程度のストレスマネジメントとコミュニケーション術がなければ病気の悪化を招くこともあるだろうし、それに対処できないうちは、無理に第三世代抗精神病薬に切り替える必要はないようにも思う。アリピプラゾールが合うかどうかは、患者の状態によりけりであって、なかなか使い所が難しい薬であると言う事ができるかもしれない。

私が今、アリピプラゾールの単剤で良い状態を維持できているのは、決して偶然などではない。20年を超える闘病生活で培った統合失調症の当事者としての経験と、それから得られたノウハウのおかげで、今の私の処方は成り立っているのだ。私はもう子供ではない。オドオド、ビクビクしているような、そんな脆弱な人間ではない。最悪の状態を乗り越えてきたからこそ成り立つこの奇跡のような処方で、私はこの病気を制してみせる。私が病気に打ち勝つ未来は、すぐそこまで来ている。